2009年12月27日日曜日

日米の外科医不足事情

Aです。

日本の"外科医"不足の背景について自分自身が思う事を軽くまとめます。

まずは前書き:
日本では、医師不足とくに小児科や産婦人科不足がマスコミなどで取り上げられています。医学部の入学者数を増やすなどの対策がなされていますが、その効果はこれからといった感じでしょうか。あまり大きく取り上げられていませんが、外科医も不足しています。私自身も現在アメリカに留学しており日本の医師不足に加担している?身ですので大きな事は言えませんが。

御存知かもしれませんが、いろいろな方が、いろいろな立場から、いろいろな視点でこの問題を解説しております。ネットで”外科医 不足”と検索すれば数えきれないほどのサイトがヒットします。

一例としては、ちょっと検索しただけで以下のようなサイトも見つけました。

なので、あえて私がここで話す事でもないのですが、外科医師の立場から外科医不足について思った事を書きたいと思います。では、以下に書く事は個人的な意見がかなり含まれている点をご容赦ください。


僕の思う所:
何故外科医がいなくなるのでしょうか?
①希望者が減っている
②外科医を辞める医師が増えている
とどちらか(恐らく両方)です。

①希望者は減っているのは事実です。原因として考えられるのは
 ①-A 外科に魅力がない、一生やってゆく自信がない、など外科自身の問題
 ①-B 外科以外の科に魅力があるなど、外科以外の理由

①-A
外科医の魅力とは?、仕事の環境を改善、もっと女性の働きやすい環境を、など山ほど議論する余地がある部分です。今回のテーマの中だけではとてもカバーできませんので、機会のある毎にアップしていきたいと思います。

①-B
正確なデータはありませんが、研修医の就職で人気のある科と言われているのは、皮膚科、形成外科、眼科、麻酔科などです。理由はそれぞれなので一概には言えませんが、外科と比べて労働環境が恵まれており、比較的自分(家族)の時間を確保できるなどが挙げられています。ただ、どの科でもばらつきがあり、例えば形成外科のなかでも、クリニックでの美容形成科と総合病院で再建などの手術を行う形成外科とは仕事の内容も大きく異なります。

過酷な労働状況、更に最近では訴訟などのリスクを抱えながらも、一般病院に勤務している限り、基本的な給料は各科でほとんど同じです。

さて、さらにここからは完全に私個人の”意見”になりますが、こういった状況下で日本の外科医がいまだ働き続けるのは、”医師”としての使命感であると思います。

外科に限らず、”患者さんを助けたい”という強い気持ちが、今までの日本の医療(医療保険制度)を何とか支えていたのであると思います。これは医師に限らず看護士をふくめたすべての医療従事者に言える事です。残念ながらその精神も時代の流れ(その中にはアメリカの影響も少なからずある)に勝てずに徐々に崩れかけているのではないかと思います。

他にも、医学部時代の先輩の勧誘や外科医としてのステータス(今では皆無に等しいですが)などが外科を志す理由であったと推測されます。これらも今となっては若手医師が外科を志す動機とはなりえません。


一方アメリカの外科医は何に動機づけられて働き続けるのでしょうか?

まず、アメリカでも、皮膚科や眼科、放射線科などは労働環境の割に収入も高く、非常に人気がある科です。合理主義のアメリカで、なぜこれらの科に就職が集中しないかというと、前にも述べたようにACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)という機関が、各科の定員を決めているために、各病院はそれ以上の研修医を採用できないのです。故に競争率は高くなるのです。

外科は?というと、それほどまでではないですが競争率は平均以上です。何故か? もちろん外科の魅力や外科医としてのステータスもありますし、こちらは専門科によって報酬も違うので、内科などに比べて高額の収入を得る事ができるという理由もあります。それでも過去の栄光?(かつては医学生の中でも最優秀の学生達が外科を志したらしい)を憂う論文が少なからず出ているのですから昔に比べると競争率は激減しているようです。主に40歳代以上の外科医は最近の外科研修医のレベルの低下をよく口にしています。自分からすると今の研修医も相当優秀なのですが。。。

なかでも心臓外科医は相当な報酬を得る事ができるのですが、にもかかわらず長時間労働、一人前になるまでに時間がかかる、内科的な治療が進歩してきているなどの理由から希望者は激減しており、フェロー(専門研修医)のポジションも半分くらいが埋まっていない状況なのです。それを考えると日本の心臓外科医は素晴らしいです。

外傷や救急疾患の外科を専門にする外科も人気がありません。不規則な労働環境、たとえ50歳をすぎても月に数回は当直をしなければいけないという状況を考えればアメリカ人にとって魅力がないのも当然です。

近年アメリカで人気が上がってきたのは、腹腔鏡手術を専門におこなう低侵襲外科や血管内治療の技術が向上し、これからも症例数(収入)の増加が見込まれる血管外科などです。小児外科や、腫瘍外科は伝統的に競争率の高い科です。

②外科医を辞める人も増えています。
注意すべきは、勤務医が離職し、個人で診療所を開業をした場合、引き続き外科専門医と名乗っていても実質手術などの外科的な診療を行わないことが多いのでこれも”辞める”と見なします。最近聞いた話では心臓外科専門医と名乗る医師の2割程度は、外科医としての技術を維持するだけの心臓手術をしていないようです。要するに名前だけの外科医も多いのです。

深刻なのは、いわゆる地域の一般病院で勤務する一般外科医の減少です。外科医は癌の手術だけをしているのではありません。一般病院の一般外科医は、”いぼ”をとって欲しい、”脱腸”を直して欲しい、胆石の手術をして欲しい、足の静脈瘤をどうにかしてくれ、といった患者さんから、腹痛、交通事故、癌の手術までさまざまな疾患に対応しなくてはなりません。一部の専門施設のように、胃の癌はこの先生へ、大腸の癌はこの先生へというのではありません。

知人の話を聞くと、仕事の環境はやはり厳しいようです。24時間常にオンコールの状態で、30分以内に病院へ駆けつけられる範囲しか出かけられないとか、離職者がでるとそれを補うためにさらに仕事量が増えるとか、まさに悪循環です。

”医者なんだから、看護士なんだから、それだけ身を削ってやるのが当然”、と思われる方もいるかもしれません。実際、働いている医療従事者がそう思って頑張っているのが日本です。

それがアメリカに来ると”医者だって一人の人間、生活の質も確保されて当然”、となるわけです。ひとりひとりの個人努力が期待できない(期待する事を考えていない)アメリカはその分人数やシステムで補うのです。



2009年12月26日土曜日

ワシントンDC


Aです。

今週末は久しぶりに出かける時間ができました。ということでワシントンDCへ。Bの両親が来週末にワシントンDC経由でHersheyに遊びに来るため、空港までの道のりを確認したかったというのもあります。


あいにくの雨模様



ボルチモア、ワシントンDCの郊外を通り抜けて
バージニア州へ。
空港はバージニア州にありました。

空港を確認した後は、ワシントンDC周辺のアジア、日本食材店めぐり(4軒)。Bは日本の雑誌を購入できて大喜び。Aが最も感動したのはワシントンDC郊外のBethesdaにある"Daruma"というスーパーに隣接したラーメン屋さんで食べたサッポロラーメン。これがうまい! 餃子と炒飯も最高。Aの中では、現時点でアメリカ食べ物ランキング1位です。

最後にDCのダウンタウンをドライブして帰ってきました。



2009年12月25日金曜日

濃いビール


Aです。

最近軽めの話題が続いていますが、一応仕事もしています。Bもいろいろ予習復習を頑張っているようです。

前にも書いたかもしれませんが、アメリカのビール=軽い(我々のブログのように)、飲みごたえがないというのは大きな誤りです。アメリカには各地にlocal breweryがあり、個性的なビールをつくっております。さらに季節限定のビールも多い。

高級感漂うこちらのビールはニューヨークから。
いわゆる黒ビールです。
それでも日本のビールより低価格です。


こちらは地元Harrisburgの工場で
10月から12月につくられている
"Mad Elf" (狂った小人)というビールです。
ベルギースタイルのビールです。

いずれもかなりの飲みごたえ。
理由の一つにアルコール度があります。
といいますのも、いずれも10%以上!
日本のビールが5%くらいですから倍以上。

いつもハンバーガーとか、
揚げ物とかをお供に飲んでいるのですが、
日本食には合わない気がする。

2009年12月24日木曜日

ホワイトクリスマス




我々夫婦にとって初めてのホワイトクリスマスです。残念ながら雪は融けかけですが、氷点下の日々が続いているためにまだまだ白銀の世界が広がっております。

ところで、こちら病院附属のヘリポート
ここへ遠隔地からヘリで緊急患者が運ばれて来ます



さて、これはそのヘリポートの建物
いつもはヘリの壁画だけだったのが
先々週あたりにサンタが書き加えられ。。

そして

感動のクライマックス

ついに

実物のヘリにもサンタが乗っちゃってました

(嘘)


突然ヘリポート前に設置された

サンタ ヘリコプター

心がなごみます


+++++++++++++++++++

病院を含め街は
夜になるとイルミネーションがとてもきれいです。
沖縄の中部地方は米軍基地がある影響からか、
このイルミネーションが盛んでした。
初めての冬にとてもびっくりしたのを覚えています。
新聞社主催のコンテストも毎年行われていました。

ちなみに我が家はデコレーションも
イルミネーションも無しです


2009年12月23日水曜日

転倒、アスピリン

Aです。

いわゆる田舎であるペンシルベニア中部地方では、ダラスであったような重症交通事故、ギャングの抗争などはあまり多くありません。その代りに外傷のメインとなるのが“転倒”です。
て、転倒って外傷なのか??たしかにケガだけど。。。と思ったあなた、転倒をなめてはいけません。特に高齢者の転倒は致死的になることもまれではないのです。

原因はやはり、頭を打って脳を損傷したり、首や背中を強く打って脊髄を損傷したりとその後の活動度が大きく障害されるようなものばかりです。この時期は氷の張った道で転んだり、室内の階段を踏み外したりと危険がいっぱいです。

脳損傷に関しては出血が悪影響を及ぼします。こちらの高齢者の多くが心筋梗塞、脳梗塞などの予防でアスピリンやその他、血液を固める役目をする血小板の機能を抑える薬を服用しています。当然日本でも服用している人が多いのですが、アメリカでは日本よりも積極的に“血をサラサラにする薬”を高齢者にも処方しているような印象を受けます。さらにはこれらを数種類同時に服用しているという、外傷を診療する我々からすると非常に恐ろしい患者さんもいらっしゃいます。当然これらの薬は科学的にもその有効性は認められており、出血/血管が詰まる、どちらのリスクを取るかという話なわけです。

ちなみに英語で転倒はfallです。普通に立った状態から転んだ場合はfall from standingと表現します。

2009年12月20日日曜日

大雪です、その2


Aです。

Bの紹介にもあったように先週末はワシントンDCからボストンにかけて東海岸は大雪であったようです。当然中西部には及ばないのですが、それでもフィラデルフィアなどでは16インチ(40センチくらい)も積もったようです。年末商戦の大事な時期に小売店にとっては大きな損害なようです。



ところで土曜日の朝から雪が降り始めたのですが、土曜日の朝は病院に着くまで大変でした。朝家を出るとなぜか隣の家に住むおばあさんがいきなり出てきて”運転には気をつけるんだよ”とわざわざ忠告してくれました(かなり早朝の出来事)。冗談半分で聞いていましたが、実際に運転するとかなり危険。時速20キロくらいで進んでも停止の際には数メートル滑る始末。道も積もり始めたばかりで誰も通っていないので滑りやすいことこの上ない。A.Bともに生まれてこのかた、雪が積もるような地域に住んだ事がない。年に数回、5cmくらい積もって喜んでいるような地域の出身のために雪の厳しさを知らないのです。当然、車はノーマルタイヤ(こちらの人はみなノーマルタイヤで走っている)。雪用のブーツなどもなく、びしょ濡れになりながら出勤したのでした。


更に大変だったのが、当直明けの日曜日の朝。車が雪で覆われている。。。雪を落とすのに一苦労。”手”で全て払い落としたために、手の感覚が無くなってしまった。。それだけではやはり不十分でフロントガラスの半分は見えない状態で恐怖の帰宅をしたのでした。

ちなみに先週末は、雪解けで凍った道を走ってみたら案の定思いっきり転倒し、左半身を強打。かなりの擦過傷を左腕に負ったのでした。ところが、一緒にいたBはその一部始終を観察し、心配するどころか笑いが止まらずにいたのでした

大雪です

Bです。

大雪です。
大雪です。

朝起きて窓を見ると、これぞまさに白銀の世界。
興奮して戸外を散歩しようとするが、、
雪に足を取られて歩けない。。

よく見たら
誰も歩いている人なんていやしない。

気を取り直して
雪だるまを作ろうとしたら、
粉雪すぎて手のひらで雪が固まらない。

いまいち雪の日の楽しみ方がわからない。
今後の課題とする。

+++++++
除雪作業が進み、
午後にでも出掛けられたらさらに写真をアップします。




2009年12月16日水曜日

手技を習得する

Aです。

医学教育、つまり医師として一人前になるための教育ではアメリカは日本の先を行っているとよく言われています。医学部での教育から卒後に研修医として受ける教育まで、日本は多くの面でアメリカを手本としています。アメリカの医師を招聘して“大リーガー医”の教育と称している病院もあります。

アメリカで実際に研修をしていると、確かに日本に比べて教育に割く時間は多いと感じます。指導医を評価する場合も、教育は非常に重要視されます。日本では研修医に対するレクチャーと称して、パワーポイントを使った一方的なものが多いのですが、こちらでは短い時間を使って、シナリオを用いた双方向式の指導が多く行われます。

指導医は絶え間なく質問を繰り返し、研修医はそれに答え、必要に応じてさらなるディスカッションへと発展していきます。研修医はこういったやり取りに非常に慣れています。よくアメリカは幼い頃から議論することを教え込まれると言われますが、その影響もあるでしょう。

もうひとつ感じたこととして、アメリカではすべてのことに関して口で述べることを求められる、ということです。日本では、試験にしても筆記が圧倒的に多いためか、大まかなことは把握しているつもりでも、即座に口に出てこないのです。おそらく時間をもらってレポートなどにすれば問題なく回答できると思います。とくに外科は手技、手術を教育する機会が多いのですが、日本の場合、“見て学ぶ”というのが基本ですが、アメリカでは言葉で手順を述べるのが先に来ます。

カンファレンスなどで、“この手技をどうやってやるか?”という問いに対して、みな口頭で手順を述べてゆきます。やったことがない手技も、口ではすらすらとあたかも慣れているかのような口調で彼らは話します。こちらではそれができないと、経験があっても評価されません。手術に関しても日本人は視覚で手順を覚えているのに対して、アメリカ人は文章で覚えているのです(個人的な意見)。

極端な話、細かな解剖学的な名前を知らずに手術を多くこなしている日本人外科医(そんな人はいないと思いますが)は、その手術をしたことのないけど手順を言葉で暗記している1年目の研修医よりも手術室の外では(つまりカンファレンスなどの場では)指導医からの評価は落ちるということなのです。
時々、やったこともない手技に関してすらすらと述べる研修医に対して正直イラッときてしまうこともあります。

2009年12月14日月曜日

ホリデーパーティー

Aです。

日本では忘年会シーズンかと思います。アメリカでは飲み会などといった集まりが少ないように感じます。それでも年末にはいろいろと“パーティー”があるようで。去年は参加する機会もなかったのですが、今年は外科のホリデーパーティーに参加してきました。

まず、安易にクリスマスパーティーなどとは言ってはいけません。キリスト教以外の方々も当然います。

こういう場には夫婦での参加が基本です。だいたい招待状には配偶者も歓迎といったようなメッセージがあります。しかし、子供の参加はありません。どんなに子供が多い家でも夫婦での参加です。子供はベビーシッターに預けたり、お留守番です。

最後に服装も重要です。今回の招待状には特に記載がありませんでした。日本にいたときには病院などの忘年会などでも、研修医はラフな格好(ジーンズなど)で参加していました。あらかじめ研修医に聞いたところどうやら、もっとフォーマルであるとのこと。もしかしてタキシード?という不安もあったが、幸い日本の結婚式に出るくらいの格好でいいとのこと(それでもタキシードの参加者もいた)。Bも日本の友だちの結婚式で1度しか着たことのない服を着ていくこととなった。ちなみにAは、夏様の黒いスーツしかなく、氷点下の中凍えながらの参加となった。

会場は、Hersheyの小高い丘の上にあるホテル。当然初めてであったが、その高級感にびっくり。この町にこれだけ高級感漂う場所があったのかと、入る前から2人でかなりビビっていた。中にも奇麗な格好をした人がたくさん。おそらく多くは観光客であると思うのであるが、すれちがった老夫婦の場合、男性は高級そうなハットをかぶり女性は毛皮のコートなど。普段Hersheyの町で目にする光景との格差にただ呆然とするAとBであった。

会場は、ホテルの中庭のようなところで行われていた。どうせ話もできないだろうから美味しいものを食べつくす勢いで乗り込んだ2人であったが、アルコールは有料とのこと。出鼻をくじかれた。料理もサラダ、パスタ、七面鳥(感謝祭で食べたのと同じ)、デザートのみ。おばさんによると外科の予算が今年は少ないらしい。30分もしないうちに一通り食べてしまい、後は、時間を持て余すだけとなってしまった。それにしても普段はラフな格好をしている研修医たちも、配偶者と共にスーツ、ドレスで優雅に振舞う姿を見て、慣れてるなー、と感心してしまった。
結局、外科部長とおじさん、おばさん夫婦に挨拶をして、これ以上時間を潰せないというところで帰宅。残念ながら数名の研修医と会話をするだけしかできなかった。まだ移ってきてから3ヶ月しか経っていないからしょうがないな、と自分を納得させたAであった。

が、帰宅途中、何とも言えない暗い気持ちに。。

どうしても気持ちがおさまらず、近所の日本料理レストランで勝手に二人だけの二次会を開催したA とBでした。

Bの追記)
ドレスコードについて、事前におじさんに尋ねると「僕はスーツで行くよ。どちらかといえばフォーマルな方がいいと思う」とのアドバイス。これを聞くまでは黒のズボンに明るい色のセーターを着ていこうと思っていたのだけども、急遽変更。出番は無いだろうと思っていたドレス(もどき)をクローゼットから引っぱり出すはめに。

結果、正解。というのも、男性陣は皆スーツ。シャツの色はそれぞれだけど(赤もあり、ブルーもあり)白が大半。女性陣はそれこそ様々。外科部長の奥さんは小林幸子級のドレスだったし、中国人であろう女性はチャイナドレスだったしと。露出は概して高く、若くても年配でも肩や背中を出すタイプのドレスが多い事には驚いた。ドレスの型はそれぞれとはいえ、一番学んだ事といえば、やはり「黒色ドレス」てのが定番かつ無難かつ上品と見なされているらしいこと。皆さん、様々な質感の黒色ドレスをまとい優雅そうでした。クリスマスだから暖色のドレスがいいなーと個人的に思っていたけど、どうやらそこで頑張らなくてもよいらしい。一人いた真っ赤のドレスの女性はとても浮いていたし安っぽく見えた(黒色ドレスに圧倒されたBの主観)。それと、冬だからストールとか何かをはおりたいと思って黒のボレロを持っていったけど、皆堂々と肩やら腕やらを出してのぞんでいたのには驚いた。年配の方のドレス姿も見事なものでした。

ちなみにおばさんは黒色に少しスパンコールをちりばめたドレス(袖無し)。Bは日本で買ってあったグレーのワンピースでした。ぎりぎりセーフかと。。。

最後に一言。
「疲れたよー」




2009年12月13日日曜日

年末、スポーツ

Aです。

先週末に初雪が降った後から寒さが急激に厳しくなっております。氷点下まで冷え込み、毎朝凍えながら病院に向かっています。

気がつけば今年もあと3週間をきりました。カレッジフットボールも伝統のArmy vs Navyの試合が昨日終わり、あとはBowl game(レギュラーシーズンの成績をもとに全米各地で試合が行われる)を残すのみです。Penn State Universityは最終的に13位となり、Big TENカンファレンスの王者はOhio State Universityに。一方University of Texasは現在2位で1月に1位のUniversity of Alabamaと全米王者をかけての試合が控えています。

これからテレビを賑わすのは、カレッジバスケットボールです(プロスポーツは別として)。さらにバレーボールやサッカーも終盤戦のようです。1年を通してめまぐるしく変化するスポーツの話題についていくのがsmall talkで困らないために重要です。

スポーツネタには比較的自信があるのですが、こちらに移ってきてもう一つの新たなスポーツ?が。。 

それは、

Huntingです。

そうです。狩りです(おそらく鹿)。これに対する賛否を述べるつもりはありません。
外傷の患者でも狩りの途中で負傷した(といっても撃たれたとかは今のところないですが)といって運ばれる人が少なくない。昨日もナースの一人が”今日も朝からうちの旦那がHuntingに出かけて。。こんな寒いのによくやるね―”などどぼやいていました。

ちなみにHuntingの専門誌や番組もあるのです。

さらにもう一つ。鹿はこのペンシルベニア中部地方では外傷の原因として重要です。詳しくは後日。。

2009年12月5日土曜日

雪の日&クリスマスチョコ



Bです。
Aは当直中。

今日は初雪。
9月にこちらにやって来た当初からすでに肌寒かったけども、雪は意外と遅くにやって来た。この調子でホワイトクリスマスになるといいなあ。


夕暮れ時
昼前から降り始めた雪が
ひっそりと積もり始めた


人通りも少なく


ここもあそこも
雪景色


++++++++++
ところで、クリスマスと言えば、今日は近所のスーパーをうろうろしていた際、Hersheyチョコのクリスマスバージョンを発見した。何故かとてもうきうきした。だから写真まで撮ってしまった。

これはKitKatのサンタバージョン
KitKatもHershey系列らしい


これはKisses
いつものシルバーの包装紙に加えて
赤と緑のものも入ってる
まさにクリスマス色!


一番感動したのがこちら

ホワイトチョコレートの中に
普通のミルクチョコレートを包んである
特別バージョンのKisses

しかも、、
Kissesでなく

"HUGS"って書いてあるの!

だから上のチョコと下のチョコで
☆Kisses & Hugs☆


はい、
それだけといえばそれだけの話でした
私は元気です



2009年12月4日金曜日

多種多様な経歴

Aです。

12月になりましたが、なかなか雪が降りません。結構暖かい日が続いています。ダラスは先日雪が降ったらしく、先を越されました。

最近、インタビューや招待講演などで様々な先生方と話す機会がありました。

1人目は、外科集中治療のフェローの面接に来たパキスタン人の医師。彼は、イギリスで研修して、その後にサウジアラビアで仕事をしていたそうですが、昇進の見込みがないということでアメリカへの移住を決意したそうです。おそらく40歳を過ぎていると思います。彼は、アメリカに移住した後、ニューヨークで数か所の病院を見学して、現在はフィラデルフィアにある大学病院で研究をしているようです。来年1年間、集中治療を学び、その後は移植外科のフェローへと進むことを考えているようです。この年齢になってからこのモチベーションはすごいです。

2人目は、ピッツバーグの大学病院の教授。おばさんが招待講演を依頼し、あわよくば当科へのリクルートを考えている先生です。おそらくもう50歳を過ぎています。南米出身で特有の明るい雰囲気。講義は非常に分かりやすく、外国人でもゆっくりはっきり話せばプレゼンテーションはアメリカ人に劣らないことを示してくれました。彼の履歴書を見ると、本国で研修した後に、研究留学。その後に外科のレジデンシーをやりなおし(終了時は38歳)、今では外科集中治療の分野で成功をおさめています。フェロー、レジデントとの症例検討会では、ものすごい知識の量に圧倒されました。相当な勉強量と豊富な臨床経験をもとにした発言の数々は、大変素晴らしいものでした。

3人目は来週インタビューに来る女性外科医です。まだ会ってませんが、履歴書だけみるとユーゴスラビアで研修後アメリカに移ってきて、一般外科の研修医を数か所で行い、つい2,3年前にアメリカの外科専門医を取得(推定40歳代後半!)。驚くことに、一般外科のレジデントを一旦東海岸の病院で2年間おこなった後に、さらに別の場所で5年間の正規のトレーニングをやりなおしています。なぜ今になって(おそらく50歳前後)またフェローシップという安月給に戻りたいのか興味があるところです。

このように様々な国から強い意志を持ってアメリカへ渡ってくる医師が多いのです。一方で週80時間以上働けない規則がある現在のアメリカの研修制度でも、自分の時間を大事にしたいとか, きついなどの理由で科を変えたり、離職する人が少なくないのも事実です。