Aです。先週末の雪は、ほぼ溶けてしまいましたが、朝晩は氷点下近い冷え込みです。今月末には感謝祭も控えており、本格的な冬の到来を感じさせます。
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数週間前に外科系のレジデントを対象とした講演がありました。
内容としては、”いかに無駄な手術機材の消費を削減して、病院の損失を抑えるか”、というものでした。
米国に来てから感じたことの一つとして、”研修医として働いている限り、それほど医療費、保険制度といったことを気にせず医療ができる”ということです。日本にいた時には、米国の医療はすべてが保険会社やCMSにコントロールされており(実際そうである?)、研修医も診療において、経済的基準で判断を余儀なくされると勝手に予想していたのですが、そうでもありません。ただ、これは大学病院という病院の特徴上のことかもしれません。
まぁ、こういった話は米国では稀ではないので、当直明けの自分にとってはあまり興味の湧かない話題だったのですが、最後に外科のチェアマンがディビジョンごとのQuality Indicatorの一部を提示した中で、”痛みのコントロールに関する患者の満足度”、”患者の痛みに対して、いかに迅速に医師が対応したか”という患者のアンケート結果がありました。
これに関して個人的には違和感を感じました。
上記項目のアンケート結果をもとにして、その後に診療に活かすのは賛成ですが、”医療の質評価”の項目として、比較の対象とするのはどうかと。
PAIN (痛み)のコントロールというのは、医療、特に外科を行う上では無視できないテーマです。一般的に”外国人(欧米人)は痛みに弱い”といわれますが、実際に米国で診療をしていると確かにそう感じます。
まず第一に、麻薬性鎮痛薬(Opioid)の使用頻度が日本の比ではない。
最近では、日本でも手術後にはモルヒネなどの鎮痛薬を使用することが多いと思うが、自分が日本で診療をしていた時には、医療従事者だけでなく、患者側がこれら麻薬性鎮痛薬の使用に対して抵抗を示すことも多かった。米国では、術後にPCA (patient controlled analgesia)という患者が痛い時に自分でボタンを押して、鎮痛薬の量を調整することが多い(上限は設定されている)。小児でも、普通にモルヒネを使用している。
”慢性疼痛”という診断のもと、日常的に麻薬性鎮痛薬を服用している人が相当数いる。
患者の病歴や服用例を聞いていると、かなりの頻度で背部痛などの診断で大量の麻薬性鎮痛薬を処方されている。当然ながら、これらの患者は術後や外傷後の鎮痛コントロールが非常に難しい。
痛みを我慢するという概念がない、それを医療者が患者に強いることはありえない。
当然といえば当然である。ただ、痛みの訴えに従って、鎮痛薬が処方されたために、致死量をはるかに越える麻薬性鎮痛薬を足の小さな切り傷に対して服用しているにも関わらず、未だに"8-9/10"の痛みを訴える患者や膝の手術後に"pain specialist, pain doctor"によって痛みが管理されている20代の健康な男性が離脱症状で救急室を受診したりといったことも稀ではない。
以前に自分は術後、安全に使用できる投与量を超える鎮痛薬を要求する患者に対して、”残念ながら痛みは完全にゼロになることは難しい、術後痛みは徐々に改善していきます”と説明したら、ナースから非人道的と非難された。家族からは”痛みを無視していいのか!”怒鳴られた。
医療者は痛みをスケールで頻繁に評価することが求められる。
日々の診療録や入院時の病歴にも痛みのスケール(1-10)を記載することが求められる(いかなる理由の入院においても)。これも、The Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizationという医療施設認定機関によって定められているからという理由が大きいのがいかにもアメリカらしい。
痛みが医療の質評価の対象になるなら、痛みが 完全になくなるまで鎮痛薬の量を増やし続ければいいと思うかもしれませんが、当然ながら副作用は重篤になりうるし、そういった医療が現在の米国の問題をつくったといえるでしょう。
米国の術後患者は明らかに消化器合併症(とくにileus)が日本より多いと感じます。麻薬性鎮痛薬の使用は腸管の運動を抑えます。
痛みは我慢すべきといっているのでは決してありません。適切な痛みのコントロールは非常に重要です。ただ、それを医療の質として施設の評価に使用するべきではないと。
中国系アメリカ人のインターンの話では
”中国では大腸内視鏡も鎮痛、鎮静なしでおこなうらしいよ”とのこと。
アメリカでは行き過ぎ感のある、一連の医療評価システムを日本でも本格的に始動する際には、国民性を考慮しないといけないことは明らかでしょう。
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